開成入学して古いいじめと新しいいじめから解放された話~後編~





 この記事は、開成入学して古いいじめと新しいいじめから解放された話~前編~の続きです。そちらではいじめの現状とその対策について書いているので併せてご覧下さい。

中学受験でいじめが無くなるか

 先の記事では、いじめをそもそも受けないための対策として「周りに合わせる」ということを紹介しました。
 しかし、これが必要ない手段があります。というのは独善的になるというわけではなくて、周りと違うことを恐れなくていい、ということです。
 それが中学受験です。

 というのは、筑駒や開成を始めとした国立私立の上位中学校、高校では、違うことが非難されないからです。
 彼らは、自分らのやりたいことをやっているだけです。ただそれだけのすごく単純なことですが、だからこそ彼らは、他人が好きにやっているのに対して文句は言いません。
 しかも、彼らは、受験勉強をする過程や入学後の環境で、自分たちよりずっと上の人間がいることを知っています。だから自分より優秀な人間への嫉妬が無意味であることを大抵理解しています。
 そうした環境では当然いじめは起きにくくなります。
 基本的に生徒とも教員とも会話が成立しますし、もし問題が起きたとしても大抵は理性的に解決されます。(男子校では稀に面白がって煽りを入れる中々怖い人間もいますが結局殴り合いにはそうなりません。)

公立と私立といじめ

 「その辺の公立」と「(地元内でも)名の知れた私立高校」は全く違います。
 受験せずに学区に沿って公立中学に進学するのは実に大きな危険を孕んでいます。
 頭の悪い教員の巣窟では勉学にも生活にも支障が出ます。彼らは本当に会話ができません。
 私は生徒会役員として「校則を守れ」と生徒に主張する一方で部活では最終下校時間を1時間も過ぎてから下校する矛盾に苦しめられました。「校則を守るべき」という極めて自然な主張に対し、顧問は「チームのため」「忙しいから」で話になりませんでした。一方で練習参加頻度が下がるとキレて説教を始めるので、退部する者も多くいました。(この理由にはコーチによる暴行もあったでしょうが。)
 開成でそんなことをやろうものなら生徒たちの不満を買って辞めざるをえなくなるほど荒れます。尤もそこまで酷い人はそもそも中々いませんが、生徒たちの自主性、独立性が自浄作用にも繋がっていることは確かでしょう。
 公立の同調圧力と私立の自立精神を比較してどちらが良いかは言うまでもないかと思います。
 もちろん自立精神が異常に強いために我の強い生徒も多くいます。しかし、だからこそ彼らは他人が自分と違うことに違和感を覚えません。

公立中学の制度といじめ

 また、単なる文化や各個人の能力だけではなく、公立中学の制度もいじめに繋がる部分があるのではないでしょうか。
 最近よく話題に上がる「ブラック校則」などはその代表格で、「正しい教育」という大義の下で教員が生徒を支配する不当さが見えます。
 前の記事でも書きましたが、大人がしっかりしていればいじめは格段に起きにくくなります。
 そこで、一般的に生徒にとって上位に見られる人間である教員が生徒を押さえつけるという構図は、最も抵抗しにくい最悪のいじめなのです。
 そして、髪を染めることを強要するなど、生徒に均質化を求める姿勢もまた影響がありそうです。
 「理想の生徒像」に従わなければならないという負荷は、まさにいじめにおける同調圧力によるものと同質な部分があるでしょう。
 もちろんこれらは完全に現行の校則や学校制度を否定するものではありません。
 ある程度制限や統制が必要であることは確かですが、その上で、決して公立中学の制度は最善ではないということです。
 また、いじめに限らず、進学先の選び方はそれから先の人生の豊かさにも関わってきます。
 これについては、今回の話題も含めて、公立中の私立中との差や問題点、進学によるメリット・デメリットとして以下の記事に詳しくまとめてあるので参考にどうぞ。

https://tokyojyuken.jp/meaning-of-taking-entrance-exams/

地方と都市といじめ

 ここで、もう一つの視点として「地方と都市」の差がいじめに関わっていることを書いておきたいと思います。
 実は私の家は九州の家系で、私は生粋の東京人ながら純粋な福岡人の子でもあります。
 この環境で地方と都市の人間の差を見たとき、もちろん一概には言えませんが、地方の人間の方が閉鎖的である印象を受けます。
 都会と地方の人間の認識は大きくズレていて、田舎では未だに部落問題が根強く残っていることに驚く東京人、逆に都会では最早それが存在していないことに驚く九州人も多くいます。
 一部の限られた地域の話ではありますが、そのような「古い考え」に基づく差別・支配制度は地方ではまだまだ生きています。
 そして、外に対して閉鎖的であることによる弊害はそれだけではありません。
 地方であればあるほど、仲間内で強い団結力を持つ傾向があります。これは一見素晴らしいのですが、特に発展のない地域においては、逆に他者を警戒、あるいは排斥する動きに繋がっていることもあります。
 これはまさに先程から何度も書いている同調圧力ですね。鎖国状態のようなもので、しかも田舎は社会の範囲が狭いので価値観が違うとまともに生きていけません。
 あるいは一部には(少なくとも私の両親の故郷では)変化しないこと、そのままでいることを美徳とするような考え方もあり、悪循環を生んでいるように思えます。
 人が少ない地域だからこそ、その少ない人との関係は深まりますが、それ以外に目が行かなくなってしまうのではないでしょうか。
 都会の人はみんな冷たいという話は聞きますが、それは地方の人が仲間内だけで持っている強い繋がりから見た話ではないでしょうか。実際には地方よりも都会の方が(物的にではなく、精神的に)住みやすいのではないかと思ってしまうのです。

まとめ

 さて、いじめ被害者として、開成生として、地方の子として、東京人として、様々な角度からいじめを見てきましたが、やはりいじめの最も根本的な解決方法は都内での中学受験なのではないでしょうか。
 時代は変化し続けています。なにもいじめや入試に限らず、社会制度や考え方は今も目まぐるしく変わっています。
 その中で、お子さんがいじめに悩まされず、楽しい学校生活を、延いては良き人生を送るために、正しい判断を取れるようにしましょう。

この記事を書いたライター

甲斐 匠人学生ライター
都内公立中から開成高校に進学、校内外問わず様々な活動に参加しています。
多くの人と同じ体験も、異なる体験もしてきました。そこから得た視点や技能をみなさんに活かしてもらう為に努めてまいります。