教育改革を前にしてあの名門進学校は?





近年取り沙汰される「教育改革」。そしてそれに伴う入試改革。これは一体どういうものなのか?
そしてあの有名進学校はどう対応しているのか?
教育改革による受験と名門校の教育の関係について考えていきます。

教育改革の意義

そもそも、現在行われている「教育改革」とはどういったものなのでしょうか。
現代日本においては、人手不足や厳しい業務環境が話題になる一方、将来的にはAI等の発達によって仕事がなくなると言われています。
そうした環境にあって、これから社会に出る学生に求められるのは、AIにできない「柔軟な発想」「創造的な思考」です。与えられた仕事を的確にこなすだけのAIにはとって変われない創造性が必要になるのです。
しかし、実際には近年の教育改革の意味は、端的に言えば「社畜を作る」ことです。
現状行われているのはAIにもできるような「企業に就職して役に立つ技能習得」のための改革です。
例えばプログラミング、与えられたプロットに基づいて文字を打ち込む仕事のどこに創造性がありましょうか。
こうしたとにかく「即戦力」が欲しいという企業様の要望に応えた政府の教育改革に何の意味があるのでしょうか。
そもそもそれは企業の長期育成で行うべきものであって、そのような教育を受けた学生が社会に出て働けば、直ぐ機械に駆逐されることは明らかです。

中高一貫校受験と教育改革

「実用性」を求める教育へのシフトは、たしかに義務教育の方向としては存在するかもしれません。しかし、高校・大学に進学するとき、「学問」を学ぶのに必要なのはそんなことではありません。
義務教育の中学と、義務教育ではない高校以降ではそこに差があります。
「学問」を行うというのは、本人の興味・意思に基づいて自主的に論理や知識を深めていくことです。これこそ主体性を持って柔軟に想像力を働かせる現代の生徒の理想とするところでしょう。
そして、その点、中高一貫校は「学問」を前提とした構造になっていることが分かります。
中学でも明確に「学問」に触れる方向性が示されているという点こそが中高一貫校の特異性です。

受験改革、名門校の対応

自称進学校

いわゆる自称進学校は、とにかく生徒を勉強詰めにする「受験の闇」を体現した環境です。求められているのが学歴という上辺ではなく学問という本質であるということに未だ気付けずにいる学校です。
これらの学校においては、教員は必死になって新試験などの対策を立てようとします。実績に傷をつけないために勉強量を更に増やす選択をすることも多いです。
こうした学校では、生徒は視野が狭くなり、学校が提示した勉強の道を辿って有名大学へ進学しようとします。とりあえずレールに乗っておけばよいだろうと思わせる、そしてレールに実際に乗せるのが彼ら自称進学校教員の仕事です。
自由がほとんど認められないこうした学校では自主性も育ちにくく、課題をこなすのに精一杯で学問もろくに出来ないでしょう。
このような環境では柔軟で創造的な人間は生まれません。こうした環境を経た学生は、AIに真っ先に駆逐される対象でしょう。自称進学校に行くのなら思い切って更に偏差値が下の学校に行っても良いでしょう。

大学附属校

大学入試改革の煽りを受けて、早稲田・慶應・MARCHなどの大学附属校の出願が急増しています。入試問題に大きな変化こそないものの、合格難易度は跳ね上がっています。
たしかにこうした学校においては入試改革の影響は受けにくいでしょう。
しかし、それは本当に生徒のためになるのでしょうか。
社会の変化に対して、変化のない、何となく楽ができそうな道を選んでいるだけでは「創造力」は得られません。
こうした学校に通えば確かにそれなりに名の知れた大学へは進学できるでしょう。
しかし、その後、社会に出てから本当に社会に必要とされる存在になれるでしょうか。
そうした不安がある一方、こうした大学附属校のメリットとして、自由な活動に充てられる時間が多くなることが挙げられます。外部生ほど受験に時間を割かなくても良い分、自分の本当にやりたい事に集中できるのです。
この時間を有意義に使えれば、教育改革の裏にある社会の変化に対してもしっかり対応できるはずです。
大学附属校を考えるにあたっては、生徒の「自由な時間の使い方」が鍵になります。

名門進学校

開成や筑駒といったいわゆるトップ進学校は、実は教育改革の影響をほとんど受けていません。こうした学校は元より柔軟な人材を確保・育成する環境が整備されています。
また、そもそもこれらの学校には、外部を気にせず好きに授業を行う教員が多くいます。これは自由な校風だからこそでしょう。
少なくとも、こうした教員は、真に重要だと思うことや、役立つであろうことを教えます。彼ら進学校教員は基本的にそれなりの学業を積んでいるのでその点ではある程度信頼はおけるでしょう。
だからこそ、こうした進学校の授業に「教育改革が対応する」べきなのです。
ことの本質が見えていない文科省が作った役立たずの教育改革などではなく、本質的な学問を行う進学校の教育こそが現在行われるべきものでしょう。

まとめ

自由な進学校で行われる教育は、自由な生徒を育てます。自称進学校を除いた本当の意味での進学校は、基本的に何をするにも自由で、かつ意欲的な学習は支援してくれます。
この環境こそが生徒に自らなにかを生み出す「創造性」を持たせます。
「これをやりたい」という本人の意思に基づいた学問を行うことができるようになるのです。
また、中学から中高一貫校に入るということは、それを見据えた教育を受けられるということであって、柔軟で想像力ある人になりやすいということです。

名門進学校は常に本当に現代に求められる人材をつくる教育を行っており、そこに文科省の立てた「教育改革」はあまり関わっていないと見てよさそうです。
政府の教育改革には反していても、こうした学校こそが、今本当に求められている教育改革に必要な教育を行っているのではないでしょうか。

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